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超高速参勤交代は実話かフィクションか?史実にどのくらい基づいている?

2019/10/08
 
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湯長谷藩の藩主・内藤政醇(まさあつ)が、意地悪な老中に参勤交代を無茶ぶりされる「超高速!参勤交代」。

これは楽しかった!時代劇は好きじゃないけど、かなりはまってしまい続編の「超高速!参勤交代リターンズ」のDVDも借りてきちゃいました!

学校の授業を聞くより、この映画を見たほうが、ずっと歴史の勉強になるんじゃないか?

さて歴史の勉強といえば「超高速!参勤交代」はどのくらい史実に基づいているのでしょうか?

映画ですからフィクションなんでしょうけど、実話も織り交ぜられているはずです。

ここで「超高速!参勤交代」はどのくらい実話に基づくものなのか、調べました!

 

「超高速!参勤交代」の湯長谷藩や藩主・内藤政醇は実話や史実に基づく?

まず物語のメインになる湯長谷藩(ゆながやはん)は実在しました。

磐城国、現在の福島県いわき市にあった藩です。いわき市というと映画「フラガール」のスパリゾートハワイアンズがあるところですね。

当時は藩の経済力を石高(どれだけお米がとれるか)で表していました。

湯長谷藩の石高は1万5千石。同じ福島県にある会津藩が公称23万石。加賀藩に至っては100万石ですから、かなり小さい経済力しかないことがわかります。実際に全国的に見ても石高はずっと下の方でした。

また藩主の内藤政醇(まさあつ)ですがこちらも実在の人物です。

四代目藩主で、地元民からは名君と慕われた人物です。

参勤費用の削減に力を注ぐなどして藩の財政を再建させました。

でもこの藩主、31歳の若さでなくなります。過酷な参勤交代を終え地元に戻ってすぐのことでした。

この映画で湯長谷藩を選んだのは、内藤政醇の亡くなり方に関係しているのかもしれませんね。

撮影時に46歳だった佐々木蔵之介さんが、31歳で亡くなった内藤政醇を演じるのはちょっとムリがあるかもしれませんが(^^;

 

「超高速!参勤交代」のキャストで実話の基づく人物は他にいる?

映画ですから、登場人物はフィクションが多いですが、実在した人物もいます。

例えば石橋蓮司さんが演じた老中首座・松平輝貞(まつだいらてるさだ)や、参勤交代を無茶ぶりした老中・松平信祝(まつだいらのぶとき)は実在しています。

また道中参勤交代の一行とすれ違う水戸藩藩主・徳川宗翰(とくがわむねもと)や、湯長谷藩の本家に当たる磐城平藩の藩主・内藤政樹らも実在の人物です。

もちろん深田恭子さんが演じたお咲など、他の多くの登場人物はフィクションですが、フィクションに実話や史実を適度に織り交ぜているところがなかなかうまかったですね。

そもそも5日で磐城から参勤することは可能なのか?

湯長谷藩があった磐城(福島県いわき市)から江戸まで5日で行く・・・これはムリでしょう(当たり前か)!

通常10日かかるところを5日というのは現実には不可能です。

参考までに、湯長谷藩があった現在のいわき湯本温泉から皇居周辺までの道のりと徒歩でたどり着く時間を調べました。

Yahoo!地図で徒歩での最短距離を検索すると、なんと195㎞。移動時間40時間49分!

1日40㎞は歩かないといけません。

しかもこれは現在の道路で計算した数字です。

当時は江戸からの道路網はかなり整備されていたようですが、今のように道はよくないし距離も長かったはず。

それを5日で行くというのはもちろんフィクションです。だからこそ映画になったのですが。

ちなみに映画の登場人物と同じ江戸時代を生き、東北にも旅をした松尾芭蕉は1日40㎞も50㎞も歩いたとも言われています。

出発時に45歳。その年齢でこれだけの距離を歩いたため、忍者説までありますが真相はいかに・・・

「超高速!参勤交代」の時代の参勤交代をおさらい

「超高速!参勤交代」の参勤交代は耳にしたことはあっても、詳しく知らないという人もいるはず。

ここで参勤交代について軽くおさらいしましょう。

参勤交代が制度になったのは3代将軍の時

参勤交代は1635年、3代将軍徳川家光が出した武家諸法度により制度化されました。

1年ごとに全国の藩主が地元と江戸を行き来する、藩主の子と妻は江戸に人質として住まわされる、費用はすべて藩の負担、などが基本的な制度です。

これは藩にとっては大変!江戸近くの藩だったらまだいいですが、九州や東北北部の藩だったら!?

莫大な費用がかかります。

また100万石もある加賀藩は、大名行列を見た人から「さすが加賀藩のお殿様は違う!」と思ってもらえるように、かなりのお金をかけて参勤交代していました。

加賀藩は参勤交代だけで5億円もかかっていたそうです!

「したに~したに」はなかった

参勤交代にまつわる言葉で「したに~したに」を聞いたことがあると思います。

「下に下に」のことで大辞林第三版に「江戸時代、将軍・大名などの行列の際、先払いが一般の人に土下座をせよと命令する触れ声。」とあります。

ですが一般の大名行列では「したに~したに」は行われていなかったようです。

一般の人が土下座するのは、徳川将軍家と御三家(尾張、紀伊、水戸)に限られていたのです。

そもそも人がいないところは別として、江戸に近いところや自分の藩の近くでは、大名たちは一般の人に自分たちの権威を見せたいのです。

だから一般の人に土下座して下を向かせることはしませんでした。

むしろしっかり自分たちの晴れ姿を見てもらいたいのです。

一般の人も大名行列の様子を楽しんでいました。現在で言えば有名人のパレードを見るような感覚だったのかもしれません。

大人数の大名行列、実はほとんどがバイト

また実際には参勤交代の大名行列にあんな大勢の人を連れていくことはしません。

そんなことをしたらいくらお金があっても足りないから。

だから映画の中でもそうですが、江戸の近くや役人がいる宿場町を通過するときだけ口入れ屋から人を雇い、立派な行列に見せていました。

だから大人数の大名行列の多くはいわばバイトのエキストラだったわけです。

藩にとっては負担だがインフラ整備に役立った参勤交代

藩にとっては大きな負担の参勤交代。でもこれがインフラ整備に役立ちました。

五街道をはじめとする道や宿場町が整備されました。

これらインフラの整備は今の私たちにも大いに関係しています。

例えば私は栃木県出身ですが、地元では五街道のひとつ・日光街道は今でも生活や観光に必要な道路です。

当時のインフラ整備がいまにも役立っている証拠です。

ちなみに参勤交代の「参勤」は自分の藩から江戸に向かうこと、「交代」は江戸から地元に帰ることをいいます。

だから「超高速!参勤交代」は正確には「超高速!参勤」なのかもしれません。

まとめ

「超高速!参勤交代」にはフィクションに実話や史実を絶妙に織り交ぜた映画であることがわかります。

リアルさを感じながらドタバタぶりを楽しめる仕上がりになっています。

歴史が苦手な方ほど見てほしいです。

最後まで読んでいただきありがとうございました!

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