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億男/九十九の最後のセリフの意味とは?落語の芝浜との関係から解説

億男

2018年公開の「億男」を見ました。

宝くじで得た3億円を信頼していた友人に持ち逃げされ、その友人の知り合いを訪ねていく過程で、主人公がお金と幸せについて考えていく映画です。

同時に視聴者もそのことについて考えさせられるのですが、見終わった後モヤモヤ感が残った方は多いはずです。

特に電車を降りた九十九(高橋一生)が一男(佐藤健)に言ったセリフが聞き取りにくかったですね。

また聞き取れても意味がわからないという方が多いようです。

そこでここでは「億男」で九十九が電車を降りたとき、一男に何と言ったのか?

またそのセリフにはどんな意味があったのか?考察し、解説していきます。

 

「億男」九十九が電車を降りて一男に言ったセリフは何?

「億男」の最後、九十九は電車を降りて、車内に残る一男に

夢になるといけねえ

と言ったのです。

このセリフを聞き逃してしまった、あるいは聞き取りにくかったという方がいるようです。

またセリフは聞き取れたけど、その意味がわからないという方も多いようです。

では九十九が言った「夢になるといけねえ」の意味について次で解説します。

 

億男で九十九の最後のセリフの意味とは?落語の芝浜との関係を解説

九十九が電車を降りて言った「夢になるといけねえ」は、落語の「芝浜」の主人公・勝五郎の最後のセリフ「よそう。また夢になるといけねえ」と深く関係してます。

「芝浜」は落研サークルの公演で九十九が行った演目です。

電車の中で一男は九十九に「芝浜なんだろ」と一言言います。

それに対して電車を降りた九十九が「芝浜」の最後のセリフ「夢になるといけねえ」と返しています。

九十九は一男を「芝浜」の勝五郎を重ね合わせて見ていたのです。

その意味を理解するには落語の「芝浜」の内容を理解する必要があります。

かんたんに解説します。

落語「芝浜」のあらすじ

芝浜の主人公は、腕は一流だが酒が好きな怠け者・魚屋の勝五郎です。

ある日勝五郎は42両という大金が入った財布を拾います。

喜び有頂天になった勝五郎は、家に帰ると友人たちと宴会を開き、気分よく眠ってしまいます。

翌日目覚めると勝五郎は妻から叱られますが、金があるから大丈夫だと言います。

しかし拾ったはずの財布がなく、妻からは「夢でも見たんじゃないの」と言われる始末。

財布は酔って夢で見たものだと考えた勝五郎は、これをきっかけにまじめに働くようになり、ついには立派な店を構えるまでになります。

勝五郎は妻に感謝しますが、妻は勝五郎が拾った財布には大金が入っていたため、役所に届けていたことを話します。

そして結局は財布の持ち主は現れず、お金は勝五郎のものになったのです。

勝五郎は自分を改心させてくれた妻に感謝し、妻は勝五郎に酒をすすめます。

勝五郎はほんの少し酒に口をつけますが、すぐに飲むのをやめて言います。

「そよう。また夢になるといけねえ」

「億男」は落語「芝浜」の現代版

「億男」の最後の九十九のセリフが持つ意味を、落語「芝浜」の内容から考察します。

「億男」はまさしく「芝浜」の現代版と言える内容です。

配役は以下の通り。

  • 一男=勝五郎
  • 九十九=勝五郎の妻

宝くじで3億円を手にして一男ですが、どう使ったらいいかわかりません。

そこですでにビジネスで大金を手にしていた九十九に、金の使い方について相談します。

九十九は現金を見て触れて、それから使い道を考えるように一男にいい、一男はそれに従い3億円を現金で用意します。

九十九は一男が酒を飲んで騒いでいるうちにその金を持ってどこかに消えてしまいます。

しかし一男は、九十九は金が欲しくて持ち逃げしたのではなく、何らかの理由があって金を持って姿を消したのだと思ったに違いありません。

そして九十九も金が欲しくて一男の3億円を持って逃げたのではなく、落語の「芝浜」の勝五郎のように、一男にお金について考えてほしかったのです。

一男は九十九がかつていっしょにビジネスをしていた人を次々に訪ね、彼らから話を聞いていく過程で、金と幸せについて考えるようになります。

 

「億男」九十九の最後のセリフ「夢になっちゃいけねえ」の意味とは?

彼の妻は一男がお金に振り回される姿に失望して、一男に別れたいと申し出ます。

一男は別れたくはなかったけれど離婚届に判を押し、離婚が成立します。

その後一男は電車で九十九から3億円を返してもらいますが、これだけの大金があっても大切なものは戻ってこない、手にいられないことを悟ります。

彼にとって大切なものとは妻と子どもです。

一男は今回の経験を通しお金と幸せの関係について考え、自分なりの答えを見つけることができました。

本当に大切なものは、いくら大金を持っていても手に入れることはできないということです。

九十九は一男に、大金を手にしてもお金に振り回されることなく、本当に大切なものは何かについて考えてほしかったのだと思います。

そのために3億円を持って消えたのです。

まさに落語の「芝浜」の勝五郎の妻です。

九十九がバイカムを通して学んだこと

九十九は大学を中退し、仲間とフリマアプリのバイカムを作り大成功します。

しかし金に対する考え方で仲間と衝突し、売りたくなかったバイカムの経営権を手放します。

その結果大金を手にしますが、九十九はお金を持つことについて悩んでいたに違いありません。

その過程でお金と幸せの関係について考え、本当に大切なものはお金では手に入らない、ということを知ったのでしょう。

彼にとって何が大切か、については映画で描かれていないので、想像するしかありませんが。

親友の一男が宝くじを当て突然大金を手にしたとき、お金があるだけでは本当に大切なものは手に入らない、ということを考えさせたのだと思います。

大金を持ち逃げされた一男は、かつての九十九の仲間3人から金についての話を聞き、妻と離婚することで、お金と幸せについて深く考えます。

そして自分なりの答えを見つけました。

大切なことを学んだ一男は、落語の「芝浜」と同じように最後に再び大金を手にします。

そして大金を手にしても、それに振り回されることなく足をしっかり地につけて生きていってほしい、という思いを込めて九十九は一男に「夢になるといけねえ」というセリフを残して別れたのではないでしょうか。

まとめ

  • 「億男」で電車を降りた九十九が一男に最後のセリフは「夢になるといけねえ」
  • 九十九は一男に大金に振り回されていはいけないという気持ちを込めてこのセリフを言った

落語の「芝浜」がわからないと、九十九のセリフは理解しにくかったかもしれませんね。

お金と幸せについて考えた一男は、映画の最後で別れた妻と子どもが住むアパートに自転車を届けます。

借金を返してもまだ大金を持っている男からのささやかなプレゼントですが、一男の手紙を読んで別れた妻はうれしそうでした。

別れた妻は元主人の気持ちに変化があったことを感じたのでしょう。

とてもいいラストでした。

最後まで読んでいただきありがとうございました!

 

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