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逃げ上手の若君/諏訪頼重は最後に死亡する?中先代の乱までを解説

逃げ上手の若君

「週刊少年ジャンプ」で連載されている「逃げ上手の若君」。

非常に人気がある作品であり、注目を集めてもいます。

そんな「逃げ上手の若君」ですが、北条時行の2人目の父親的存在の諏訪頼重が最後に死亡するのか、気になりますよね。

中先代の乱での動向についても興味がある筈です。

今回は「逃げ上手の若君」の諏訪頼重は最後に死亡するのか?

中先代の乱までの経緯を踏まえて解説していきますね。

 

「逃げ上手の若君」諏訪頼重は最後に死亡する?

中先代の乱にて死亡する

結論から申し上げますと、諏訪頼重は中先代の乱で死亡するします。

史実では諏訪頼重は中先代の乱で北条時行達と共に動き、足利直義軍と戦っていました。

破竹の勢いで勝利していき、最終的に鎌倉を手中に収める事が出来たのです。

しかし足利尊氏が軍勢を率いてくると、敗北してしまって、死亡する事になりました。

「逃げ上手の若君」でも、大体同じ感じになっています。

自害する形で最期を迎える

諏訪頼重は最終的に自害する形で死亡する事になるのです。

足利尊氏軍に追い詰められてしまい、勝長寿院へと逃げ延びて、自分の息子である諏訪時継ら数十名と共に自刃しました。

しかし北条時行達は逃がしたので、ある意味勝利と言えるのです。

 

「逃げ若」諏訪頼重が中先代の乱で最後を迎えるまでを解説

信濃で挙兵

まず諏訪頼重は、北条時行達と共に信濃で挙兵しました。

これまで北条時行は来るべき日に備え、仲間を集める等をして準備を整えてきたのです。

そして京都で足利尊氏の暗殺に失敗した状態で信濃に戻り、諏訪頼重にその事を報告します。

諏訪頼重は話を聞いて京都は混乱中だと考え、敢えて遠回りして味方を集めると言う北条時行の意見に賛同。

それを実行するためには小笠原貞宗達を撃破しないと行けず、北条時行達はやれるだけの準備を整えます。

そして1335年に挙兵を開始し、小笠原貞宗の軍師的存在の瘴奸(しょうかん)の奇襲戦法を見抜いたのです。

北条時行は吹雪と共に瘴奸に挑み、見事な連携で瘴奸を討ち取る事に成功。

残るは小笠原貞宗軍と国司である清原信濃守率いる軍勢となり、北条時行達は真っ向から立ち向かいます。

諏訪頼重は神の加護をその身にまとって敵兵の攻撃をかわし、味方を鼓舞する事でいつも以上の力を出せるようにしました。

そのため戦いは優勢に進むも、清原信濃守が弓兵を乗せ、奴隷が操縦する事で動く戦車を出現させた事で形勢逆転されます。

しかし諏訪頼重から邪気を払う矢を持った北条時行が矢の雨を搔い潜り、矢を射って清原信濃守に命中させ、保科弥三郎が討ち取ったのです。

戦況を見つめていた天狗も諏訪時継と風間玄蕃によって捕縛され、小笠原貞宗も撤退したので、完全勝利となりました。

苦戦しつつも連勝していく

戦いが終わった後、北条時行達は進軍していき、苦戦をしつつも連勝していきました。

鎌倉を守る足利直義は関東庇番に命じて、出撃させたのです。

北条時行軍と関東庇番軍は女影原で激突するも、渋川義季と石塔範家の武力、岩松経家の卑劣な手段、斯波家長の計略に苦戦を強いられます。

対する北条時行達は仲間と連携して立ち向かい、壮絶な戦いの末に渋川義季、石塔範家、岩松経家の3人を討ち取って勝利としたのです。

そして北条時行達の挙兵が足利尊氏達の耳に入り、出撃しようとしていました。

 

次は小手指ヶ原では斯波家長、上杉憲顕、今川範満とぶつかり合い、異常すぎる程の馬術を扱う今川範満に苦戦を強いられることになります。

対する北条時行は吹雪の策略で、馬に乗って今川範満よりも前を走る事で兵の士気を高め、風間玄蕃が補給路を潰して有利に立ちました。

今川範満も馬の脳の外側を吸い取って強化させ、北条時行を討ち取る好機を得るも、そこを逆手に取った吹雪にやられ、北条時行に討ち取られます。

この戦も勝利して、勢いに乗る北条時行軍の前に足利直義が軍勢を率いて登場し、北条時行と弁論を繰り広げました。

弁論は北条時行が勝つも、その間に左右を一色頼行軍、三浦時明軍、背後を吉良満義軍らが突いたのです。

しかし北条泰家が三浦時明軍を味方にした事で形勢が逆転して勝利し、鎌倉に入る事が出来ました。

足利尊氏に敗北

鎌倉を制する事に成功するも、足利尊氏率いる軍勢に負けてしまったのです。

鎌倉を統治しつつ、更に味方を集めた北条時行でしたが、佐々木道誉の娘の魅摩(みま)の神力で被害が出た事で、流れが変わり始めます。

迫りくる足利尊氏軍に対して名越高邦は大軍で守りを固め、その守りを三浦時明軍を補うのだが、名越高邦軍は高師直軍によって壊滅。

三浦時明軍も伏兵を配していたが、全部見破られた上にあっという間に壊滅しました。

北条時行軍もその間に守りを固め、足利尊氏軍と激突し、最初は優勢でしたが足利尊氏の神力によって、吹雪を始め多くの兵士が降伏。

諏訪頼重は北条時行を守るため、自軍を率いて足止めを行い、奮戦するも追い詰められます。

そこへ北条時行軍が現れ、北条時行が足利尊氏軍を逃げの力で翻弄し、その間に諏訪頼重達を救出。

勝長寿院へと落ち延びると諏訪頼重は雫に予知の力を、北条時行には鬼丸と言う刀を授けて逃がすと、顔の皮を剥いで自害しました。

 

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まとめ

今回は「逃げ上手の若君」の諏訪頼重は最後に死亡するのか、中先代の乱までについて解説しました。

  • 「逃げ上手の若君」の諏訪頼重は北条時行達を逃がして、最後に乱の責任を取って自害する形で死亡する
  • 諏訪頼重は北条時行達と共に信濃で挙兵し、順調に勝ち進んで鎌倉を取り返すも、足利尊氏に敗れてしまった

最後までご覧いただきありがとうございました!

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