「となりのトトロ」は、母親が病気で入院している姉妹、サツキとメイが田舎に引っ越し、そこで出会った不思議な生き物トトロとの心温まる冒険を描いた物語です。
そんな 「となりのトトロ」のラストシーンは、サツキとメイが母親に会わずにトウモロコシを置いて帰るシーンは、多くの視聴者の心に深く残る印象的な場面ですよね。
なぜ姉妹は直接母親に会わなかったのでしょうか?
視聴者の考察が多いこの問題、実際は、単なる物語の展開以上の意味が込められていました。
この記事では、サツキとめいはなぜ最後に母親に会わなかったのか?
ラストの意味ついて考察していきます。
目次
となりのトトロ/さつきとめいは最後になぜ母親に会わない?ラストの意味を考察
サツキ「大きくなったら私の髪もお母さんのようになる?」#となりのトトロ #金曜ロードショー #夏はジブリ pic.twitter.com/5yJ9u60qO1
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元気なお母さんの姿を見ただけで安心したから
サツキとメイが母親に直接会わずに帰った理由は、病院で母親が元気そうにお父さんと話している姿を見て安心したから。
彼女たちは母親の無事を確認し、恐怖や不安が和らいだことで納得し、トウモロコシを置いて帰ることにしました。
安心したと同時にお父さんと2人にさせてあげたかったのか、または、2人の仲良い姿を見ていたかったというのもあるかもしれませんね。
両親に余計な心配をかけたくなかったから
両親に余計な心配をかけたくなかったからも理由の1つ。
メイが迷子になり、村中で大騒ぎになったことを母親に知られると、病気が悪化するかもしれないと懸念したためです。
そして、さつきは、ネコバスやトトロも他の人に見えていないとわかっているので、嘘をつくのも嫌だし、話したら、心配されると思ったのでしょう。
2人ともちょっぴり成長していたから
2人ともちょっぴり成長したことも示していますよね。
母親が元気そうにしている姿を見て安心し、「すぐに会わなくても大丈夫」と感じたのでしょう。
遠くからお母さんを見ている描写は、幼かった姉妹が精神的に成長し、少し大人になったことを表現しています。
とうもろこしを渡しただけで満足だった
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とうもろこしを渡しただけで満足だったのです。
メイが大切に持ってきたとうもろこしは、母親の健康を祈る象徴的な贈り物。
二人は直接会わずとも、とうもろこしを置いていくことで、母親への愛情や気持ちを伝えられたと感じたため、それで十分だと思ったのではないかと考えられます。
現実には病院に行っていなかったから
サツキとメイが母親に会わなかった理由について、「実際には病院に行っていなかった」という考え方もあります。
結論から言うと、思いや精神だけが病院へ行き、実態は行っていなかったということ。
この解釈は、映画の中で描かれるファンタジー要素や、トトロやネコバスの神秘的な存在による影響が現実と幻想の境界を曖昧にしているためです。
現実では、
- 「心の中で母親に思いを伝えた象徴的な旅」だった
- サツキとメイが病院へ行ったことは、母親の回復を願う強い気持ちが形になったもの
- 実際に会いに行ったわけではなく、心の中で母親の無事を確認し、安心して帰った。
- 彼女たちがネコバスに乗って病院へ行ったというのは幻想的な体験であり、現実にはその場にいなかった。
というような事ではないかと考えられます。
監督である宮崎駿は、現実と幻想が入り混じった物語を通じて、子どもたちの純粋な願いや家族の絆を表現。
サツキとメイが母親に会わなかったことは、彼女たちが物理的に会う必要はなく、心の中で母親との絆を感じ、安心したというメッセージが込められているのでしょう。
会わない方が感動的という演出上の理由
おかあさん「いま、そこの松の木で、サツキとメイが笑ったように見えたの」#となりのトトロ #金曜ロードショー #夏はジブリ pic.twitter.com/puPWkpzOMg
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会わない方が感動的という演出上の理由もあります。
直接会わずにトウモロコシを置いて去るという行動は、視聴者に強い印象を与え、より感動的なシーンに。
特に、トウモロコシに「おかあさんへ」と書かれたところは、彼女たちの愛情と回復を願う気持ちを象徴しており、会わずともその思いは母親に届いていると視聴者に感じさせるでしょう。
会わずに去ることで、想像力を刺激し、その後の家族の再会を想像させる余韻も残しています。
実際に会わなくても、母親に対する気持ちは十分に表現されていますよね。
このことから、「物理的な距離ではなく、心のつながりが大切だ」というメッセージが込められていると考えられます。
そこに、言葉や直接的な接触よりも深い意味を持たせているのですね。
サツキとメイ2人は死んでいたからというデマ説
「サツキとメイは死んでいた」というデマ説は、以下のような内容を含む都市伝説。
- トトロは死神または冥界の使者であり、トトロと出会った者は死が近いか、すでに死んでいる。
- ネコバスは死者を冥界へ運ぶ乗り物。
- メイが行方不明になった際、実際には池で溺死していたとされ、その後のシーンで影がなくなった。
- サツキがメイを探すためにトトロのもとへ行き、そこで冥界への扉を開いた。
- 映画の終盤で、サツキとメイが母親に会わずにトウモロコシを置いて帰るのは、すでに死んでいるからだと解釈されている。
- 母親が「さっき、サツキとメイが笑っているように見えた」と言うのは、死んだ子供たちの幻を見たからだと解釈。
これらの解釈はすべてデマであり、スタジオジブリの公式見解では完全に否定されています。
宮崎駿監督や制作スタッフは、このような設定や意図は全くないと明言。
この都市伝説は、誰かが面白がって言い出したものが、インターネットを通じて広まったものであります。
まとめ
おかあさん「あの子たち、見かけよりずっとムリしてきたと思うの。サツキなんか聞き分けがいいからなおのことかわいそう…」#となりのトトロ #金曜ロードショー #夏はジブリ pic.twitter.com/BVC5Yne1zS
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いかがでしたでしょうか。
「トトロ/さつきとめいは最後になぜ母親に会わない?ラストの意味を考察」でした。
となりのトトロ/さつきとめいは最後になぜ母親に会わない?ラストの意味を考察
- 元気なお母さんの姿を見ただけで安心したから
- 両親に余計な心配をかけたくなかったから
- 2人ともちょっぴり成長していたから
- とうもろこしを渡しただけで満足だった
- 現実には病院に行っていなかったから
- 会わない方が感動的という演出上の理由
- サツキとメイ2人は死んでいたというのはデマ説
最後まで読んでいただきありがとうございました!