すずめの戸締まりラストのおかえりの意味を考察!行ってきますについても

すずめの戸締まり

2022年11月公開の映画「すずめの戸締まり」。

日本全国に点在する後ろ戸を閉じていく中で、主人公・岩戸鈴芽(いわとすずめ)が成長していくファンタジーです。

映画のラストシーンの季節は冬。

制服に分厚いマフラーを巻いた鈴芽が自転車で登校していると、向こうからやってくる宗像草太を認めます。

そして自転車を止めた鈴芽は、草太に「おかえり」と一言。

 

また故郷の岩手県で常世(とこよ)から現世に戻った鈴芽は、「行ってきます」と言って後ろ戸に鍵を掛けます。

今回はラストの鈴芽のセリフ「おかえり」と、鈴芽が後ろ戸に鍵を掛けたときに言った「行ってきます」の意味を考察します。

 

行ってきます・いってらっしゃい・おかえりは作品の重要ワード

行ってきます・いってらっしゃい・おかえりは重要ワード

「すずめの戸締まり」のキャッチコピーは以下の2つ。

  • 行ってきます。
  • 扉の向こうには、すべての時間があったー

このキャッチコピーは、作中にちりばめられていますからね。

 

個人的には「行ってきます」に加えて、「行ってらっしゃい」と「おかえり」も作品の重要ワードだと考えています。

映画を見た多くの方が、この意見に同意していただけるのではないでしょうか。

当たり前だった「行ってきます」「いってらっしゃい」「おかえり」

作中では「日本の東半分をまるごと揺らすほどの」としか表現されていませんが、「すずめの戸締まり」で4歳の鈴芽が経験したのは東北地方太平洋沖地震。

この地震による災害(東日本大震災)の結果、鈴芽の母親を含む多くの方が犠牲になってしまいます。

 

でも2011年3月11日14時46分以前には、東日本の至るところに「行ってきます」「いってらっしゃい」「おかえり」の言葉があふれていました。

  • 仕事や学校に出かけるときは「行ってきます」
  • 送り出すときには「いってらっしゃい」
  • 家に帰ってきた人には「おかえり」

これらはごく日常の風景の中にある、当たり前の言葉だったのです。

3・11の震災で言えなくなった3つの言葉

ですが東日本大震災の発生により、当たり前だった日常が一変。

不幸にも犠牲者を出た家庭では、「行ってきます」「いってらっしゃい」「おかえり」の言葉が言えなくなってしまいます。

母親が帰ってこなかったので、鈴芽もあの日、「おかえり」の言葉を言えなかったんですね。

鈴芽と草太が聴いた声

映画のクライマックス、人間に戻った草太は「声を聴き、声を聴いてもらう」と言うと、鈴芽を陸に打ち上げられた漁船の船底に連れていきます。

そこで草太が祝詞を奏上し、「お返し申す!」と言うと、燃えていた町は元の姿を取り戻します。

次に鈴芽と草太が聴いたのが、「おはよう」「いただきます」「いってきます」「行ってらっしゃい」「気を付けていっておいで」という、3月11日の朝の声。

 

そして鈴芽はダイジンを、草太はサダイジンをミミズに刺すのでした。

3月11日の朝の声を聴いたことで、ミミズの動きを封じることに成功したのです。

作中に「人の心の重さがその土地を鎮めている」と草太が言うシーンがありますが、「行ってきます」「いってらっしゃい」「おかえり」という何気ない言葉が、重要な意味を持っていたことがわかります。

 

「すずめの戸締まり」ラストの「おかえり」の意味を考察

「すずめの戸締まり」のラストで、鈴芽が草太に言った「おかえり」の意味を考察します。

「おかえり」の意味:草太をねぎらう言葉

映画のラスト、鈴芽が数か月ぶりに再会した草太に言った「おかえり」は、草太をねぎらう言葉だったと考察します。

常世にいるミミズに2つの要石を刺した鈴芽と草太は、無事に現世に戻ります。

この後、鈴芽は草太と一緒に帰りたかったはずですが、草太は「戸締りしながら東京に帰る」と言い、一人で電車に乗車。

しかし草太は列車を降りると、「俺を救ってくれてありがとう」「逢いに行くよ、必ず」と言い、鈴芽を抱きしめます。

 

その後、草太がどのような時間を過ごしたかは描写されていませんが、学生生活のかたわら、戸締まりをしていたことは間違いありません

戸締りとは人から見えることはありませんが、大事な仕事。

命を懸けた仕事でもあります。

岩手県で別れてから数か月間、そんな大事な仕事をしていた草太に、ねぎらいと感謝の気持ちを込めて、鈴芽は「おかえり」と言ってのではないでしょうか。

「おかえり」はあの日に皆が言えなかった言葉

「おかえり」は、あの日(3月11日)に多くの方が言えなかった言葉でもありますね。

あの日の朝、多くの家では通常通り、「いってらっしゃい」と家族を送り出したはず。

鈴芽も病院に行く母親に「いってらっしゃい」と言ったかもしれませんし、母親も保育園に行く鈴芽に同じ言葉をかけたかもしれません。

 

でも大地震があったため、「おかえり」の言葉は言えなくなってしまいました。

常世で3月11日の朝の声を聴きた鈴芽は、「おかえり」を言えなかった人たちの想いも込めて、草太に「おかえり」と言ったのではないでしょうか。

後ろ戸に鍵を掛けたときに言った「行ってきます」の意味

常世で4歳の自分に言葉をかけた鈴芽は、自分の後ろ戸から現世に戻ります。

そして「大事なものは全部、ずっと前にもらっていた」ことに気が付きます。

その後、鈴芽は後ろ戸に鍵を刺し、「行ってきます」と言って鍵を掛けます。

鈴芽が言った「行ってきます」の意味を考察します。

「行ってきます」は母親に向けた言葉

個人的な考察ですが、鈴芽の「行ってきます」は、震災で亡くなった母親に向けた言葉だったと考察します。

4歳の時、鈴芽は偶然にも後ろ戸を通って常世に迷い込み、母親の姿(実際には17歳の自分)を見た鈴芽は、「母親は生きている」「またいつか会える」と信じてきました。

その一方で、鈴芽は母親にはもう会えないことも理解していました。

そして4歳の自分を見たとき、鈴芽は母親がいなくなったことをはっきりと理解し、幼い自分に声を語り掛けます。

 

「行ってきます」とは、もう会うことはできない母親に向けて鈴芽が言った、決意表明にも似た言葉だったのではないでしょうか。

そこには「がんばって生きるから、見守っていてね」という母への願いもあったかもしれませんし、天国に行った母親を安心させる意味合いもあったかもしれません。

 

なお旅を終えて宮崎に帰った鈴芽は、以前よりもいくぶん熱心に勉強するようになったとのこと。

間もなく高3になるということもありますが、母に向けて言った「行ってきます」の言葉を実践している、と解釈することもできます。

 

まとめ

  • 行ってきます・いってらっしゃい・おかえりは重要ワードであり、3・11の震災により言えなくなった言葉
  • 鈴芽がラストで草太に言った「おかえり」は、大事だけど見えない仕事をしていた草太をねぎらう言葉だったと考えられる
  • 鈴芽が後ろ戸の鍵を閉めるときにいった「行ってきます」は、死んだ母親に向けた言葉だと考えられる

最後まで読んでいただきありがとうございました!

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