金田一京助の家系図がスゴい!石川啄木との関係や春彦・秀穂・央紀についても

アニメ「啄木鳥探偵處」(きつつきたんていどころ)で石川啄木の探偵業の助手を務めるのが金田一京助です。

国語辞典の編纂で知られる金田一京助ですが、他にも

  • 横溝正史の推理小説に登場する「金田一耕助」の名前のもとになった
  • アイヌ語研究の第一人者
  • 國學院大學教授・名誉教授や東京帝国大学助教授・教授を歴任
  • 勲一等・瑞宝章・文化勲章

など輝かしい経歴をお持ちの方です。

ここではまず金田一京助と石川啄木の関係を解説。

さらに金田一京助から始まるスゴい家系図とその子孫をご紹介します。

金田一京助と石川啄木の関係を解説

引用元:https://kimikoe.com/kitsutsuki/

岩手県盛岡中学の先輩後輩

国語の神様・金田一京助と俳人・石川啄木は、岩手県盛岡中学(現在の盛岡一高)の先輩後輩の関係です。

金田一は啄木の3年先輩で、啄木に文学の面白さを教えたと言われています。

文学の面白さを知った啄木は文芸雑誌「明星」を熟読したり、与謝野晶子の短歌に傾倒していく中で「将来は文学で身を立てていきたい」と考えるようになります。

なおこの時期、盛岡中学の金田一京助の同級生には「銭形平次捕物控」を書いた野村胡堂が。

啄木入学の10年後には宮沢賢治が入学します。

彼らは盛岡中学校の黄金世代と呼ばれているらしいですが、確かにスゴいですね!

金田一は私財を売り啄木の世話をしていた

引用元:https://kimikoe.com/kitsutsuki/

同じ時期に盛岡中学に在籍していた金田一京助と石川啄木ですが、卒業してからもその関係は続きます。

金田一は盛岡中学卒業後、上京し東京帝国大学に進学し、卒業後の1908年(明治41年)に海城中学校に国語教師として赴任します。

このころ啄木は金欠のため、職を次々と替えながら北海道各地を転々としていましたが、文学への思いを断ち切れず思い切って上京。

そして啄木は金田一が下宿していた「赤心館」にやってきて部屋を借ります。

このとき金田一は定職がない啄木に金を貸した上に、啄木の部屋の家賃も払っていましたが、やがて持ち合わせがなくなり、啄木は下宿先の大家から追い出されそうになります。

すると金田一は自らの蔵書を売り払い、その金で自分と啄木の次の下宿先を確保したのです。

石川啄木の像

情に厚いと言うか、面倒見がいいと言うか、金田一の人柄がわかるエピソードです。

一方の啄木はちょっとお金が入っても女遊びなどに散財してしまい、借りた金は踏み倒していたとか?

金には困っていても女遊びだけは一人前以上だったみたいですね(笑)。

 

関連記事:石川啄木はお金に困ってたし性格がクズ?生い立ちや金田一京介との関係についても

金田一京助の家系図がスゴい!春彦や真澄・秀穂や央紀についても

上が金田一京助から始まる金田一家の家系図です。

誰もが聞いたことがある名前がズラリと並んでいます。

ここでは金田一春彦・真澄・秀穂・央紀さんについてそれぞれ解説します。

金田一春彦(長男):日本語の方言研究の権威

金田一春彦さんは金田一京助の長男であり一人息子です。

春彦さんが生まれたころ、京助は勤めていた三省堂が倒産したため無職で収入がありませんでした。

しかも父親の友人の石川啄木が訪ねてきて、母親の晴れ着を質屋に持っていきますが、金を返せず質流れさせてしまいます。

この話を母の静江から何度も聞かされてたため、春彦さんは石川啄木を石川五右衛門の弟か何かと思っていたと言います。

春彦さんは旧制浦和高校を経て、父親が助教授を務めていた東京帝国大学に入学し、日本語の研究をします。

その後一時軍隊に所属しますが、大学院で日本語のアクセントの研究を続け、卒業後は国語教師、辞書の編集、東大講師、国語教書の監修、国際基督教大学講師などを務めます。

さらに東京外国語大学助教授・教授を歴任し、その間に数多くの書籍を世に送り出しました。

まさに日本語方言の研究の権威といえる存在です。

金田一真澄(孫):NHK講師も務めたロシア語学者

金田一真澄さんは金田一春彦さんの長男です。

国語が苦手だった真澄さんは早稲田大学理工学部で半導体の研究をしますが、その後慶應義塾外国語学校に進み、ロシア語を学びます。

NHK「ロシア語会話」講師を務めるほか、慶應義塾大学理工学部専任講師、同助教授を経て、1996年には教授に。

現在では慶應義塾大学を定年退職し、名誉教授の称号を得ています。

金田一秀穂(孫):ニートも経験した人気の三代目言語学者

現在杏林大学外国語学部教授として教鞭をとる金田一秀穂(ひでほ)さん。

テレビ朝日「Qさま」や日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビ番組でもおなじみの方です。

1953年生まれの秀穂さんは上智大学文学部心理学科を卒業後、ニートの時期があったとか?

大学を卒業しても就職せず、自分の趣味に没頭する「高等遊民」という人たちがかつていましたが、秀穂さんは「高等遊民」に憧れ、3年間もニート生活をしていたそうです。

 

しかしその後は心機一転、東京外国語大学で日本語学を専攻し、海外の学校で日本語を教え、ハーバード大学客員研究員を経て現在の職に就きます。

祖父や父から受け継いだ才能もあったと思われますが、ここまできたのはご本人の努力が大きかったのでしょうね。

家柄が家柄だけに小さいころから回りからの重圧もあったはずですが、それにも負けず大学教授にまでなるのですからすばらしい!

個人的には、クイズ番組の回答者として難問を見事に答えてみせたり、やさしい語り口で日本語の解説をしてくれる秀穂先生はかなり好きです!

こんな先生に教わったら国語好きの子どもがもっと増えるかもしれませんね。

金田一央紀(ひ孫):言語学者の家系を途絶えさせた四代目

最後のご紹介するのが金田一秀穂さんの長男・央紀(おうき)さん。

言語学者の家系を途絶えさせた四代目です(笑。

1981年生まれの央紀さんですが、以前テレ朝「Qさま」でオリラジの中田敦彦さんと共演した際、高校が同じ(央紀さんが1年先輩)と話していたので、東京学芸大学教育学部附属高校の出身だと思われます。

その後同志社大学で学んだあと、2010年よりパフォーマンス団体「Hauptbahhof(ハウプトバンホフ)」を主宰しています。

>>>Hauptbahnhof公式Webサイト

 

「クイズタイムショック」「Qさま」などで好成績を残すこともあった央紀さんですが、央紀さんを有名にしたのは2015年放送の「有吉反省会」でした。

ここで央紀さんは、三代続いた言語学者の家系を途絶えさせたことを反省していました。

また番組内で、央紀さんは劇団の仕事はしているものの30代半ばにして貯金が100万円もなく、父親の秀穂さんに生活費を援助してもらい、夜は仲間たちと飲み歩いている様子が紹介されました。

この様子を見た出演者は央紀さんを「クズ」呼ばわりしていました(笑。

 

下積みを経て今の劇団を主宰しているのですから個人的には問題ないとは思いますが、三代続く言語学者の家系を途絶えさせたということで、おもしろおかしく取り上げられていましたね。

年齢を考えると、央紀さんが今後一念発起して言語学者に!ということはないかもしれません。

なお央紀さんにはゆいさんという妹がおり、秀穂さん、央紀さんといっしょにクイズ番組に出演したことがありました。

ゆいさんは以前は和菓子職人の修行中ということでしたが、現在についてはわかりませんでした。

まとめ

引用元:https://kimikoe.com/kitsutsuki/

ここではアニメ「啄木鳥探偵處」に登場する金田一京助についてまとめました。

  • 金田一京助は盛岡中学で石川啄木の3年先輩
  • 金田一は自分の私財を売り払い、啄木の面倒を見ていた
  • 金田一京助の家系は三代続く言語学者の家系
  • 四代目の央紀はパフォーマンス団体の主催者として活躍中

こうしてみると金田一京助の遺したものは大きいですね。

子や孫までが言語学者として社会に貢献しているのはすばらしいことだと感じます。

央紀さんは別の道に進みましたが、そちらの分野で活躍してほしいです。

最後までご覧いただきありがとうございました!

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